忍者ブログ
< 10月 | 123456789101112131415161718192021222324252627282930 | 12月 >

加瀬あつし『ばくだん!幕末男子』

2012年05月31日

加瀬あつし『ばくだん!幕末男子』は『週刊少年マガジン』で連載中の漫画である。冴えない男子高校生が片想いの同級生と一緒に幕末の京都にタイムスリップする。

加瀬あつしのヒット作は1990年代に『週刊少年マガジン』で連載した『カメレオン』である。『カメレオン』は主人公がヤンキーとして成り上がる内容であったが、連載の長期化によってヤンキー自体が時代遅れの恥ずかしくてダサい風俗になった(林田力「勢いに乗る韓流(下)」PJニュース2010年11月12日)。過去の反抗的な10代に支持された尾崎豊も今の若者には全く支持されない。「独りよがりで意味不明」「何に怒っているかわからない」と酷評されている。

このような傾向には『カメレオン』も敏感で、後半ではヤンキーが時代遅れであることを風刺する自虐的なギャグも登場した。さらにラストでは大学受験というヤンキーとは無縁のイベントが展開された。『カメレオン』終了後も加瀬はヤンキー的な作品を発表してきたが、ヤンキー文化が時代遅れとなる中で『カメレオン』ほどのヒット作にはならなかった。

但し、現実社会では時代遅れのヤンキー文化でも、過去を舞台に描けばヤンキー的なキャラクターも時代遅れにならない。『ばくだん』は幕末を舞台に新撰組をヤンキー集団的なノリで描く。国際的にも注目される武士や侍の精神性を社会のはみ出し者であるヤンキーにたとえる『エグザムライ戦国』も『ばくだん』も歴史ファンにとっては噴飯物であるが、フィクションとしてはユニークな視点を提供する。

『ばくだん』は歴史をヤンキー風味で脚色し、加瀬作品らしいギャグも満載であるが、意外にもタイムスリップ物の王道を歩む。ヒロインは幕末の歴史に詳しく、未来を予測できる。主人公が敗者である幕府側に属する点も歴史のIFを期待できる。

歴史を知っているタイムスリッパーは歴史に介入したくなるものである。しかし、歴史に介入した結果、歴史が大きく変わると、物語が収拾つかなくなる。それ故にタイムスリッパーに「歴史に介入してはならない」という自制心を持たせる作品が多い。また、『信長協奏曲』のように歴史を知らないタイムスリッパーに自由奔放に行動させる展開が新鮮味を持つ。

これに対して『ばくだん』は歴史を知っていても、志士の荒れ狂う幕末の京都で主人公は非力であり、歴史を知っていることは無敵のアドバンテージとなる訳ではない。歴史に立ち向かうことで成長する主人公を描いている。(林田力)
http://hayariki.net/5/31.htm
PR
▲page top

『BILLY BAT』アポロ計画の嘘に挑む

2012年05月26日

『BILLY BAT(9)』(講談社、2012年5月23日)ではアポロ計画の嘘に挑む。俄然面白くなってきた。浦沢直樹は『20世紀少年』で高度経済成長期の大阪万博に代表される「人類の調和と進歩」の価値観の歪みを描いた(林田力「業平橋駅がスカイツリー駅に変わる寂寥感」PJニュース2011年1月16日)。『BILLY BAT』では人類の科学史上の「偉大な一歩」と喧伝されるアポロ計画の虚飾に斬り込む。

もともと下山事件という戦後史の闇に切り込むことで注目された『BILLY BAT』であったが、戦国時代の巻物争奪戦など話題が転々として失速した。やはり投げっぱなしは宜しくない。一貫性が大切である。

その後はケネディ大統領暗殺という有名な事件が描かれることで再浮上したが、パンチ不足は否めない。もともとケネディ暗殺事件がオズワルドの単独犯ではないとする見解は広範な市民権を得ている。今更、陰謀が介在したと描いても、ありきたりである。『BILLY BAT』では主人公達の暗殺を阻止しようとする行動がドラマを盛り上げたが、その努力がなんだったのかというほどに暗殺後は公式見解通りの展開になった。

「人類は月に行っていなかった」とするアポロ計画の捏造説も知られた話である。月面着陸は地球上のスタジオで撮影されたものとする。アポロ計画には以下のような疑問が提示されている。

空気も風もないはずの月面で星条旗がはためいている(林田力「科学信奉者への反感」PJニュース2010年11月13日)。放射能防御を施していないロケットがヴァン・アレン帯を通過して人員が無事なはずはない。月面では重力が地球の1/6であるにもかかわらず、ビデオの中での物の落下速度が地球上のものと同じである。

アポロ計画陰謀論は権力だけでなく、科学という権威にも挑戦するものである。世の中には「非科学的」とラベリングしたがる科学信奉者もいる。それ故にアポロ計画の陰謀を描くことはケネディ暗殺の陰謀を描くこと以上にスリリングである。さらに『BILLY BAT』ではアポロ計画陰謀論の関係者に下山事件と接点のある人物が登場する。物語の初期のテーマと繋がった形である。(林田力)
http://www.hayariki.net/5/48.htm
▲page top

『新クロサギ 14』東日本大震災便乗詐欺を許すな

2012年05月06日

夏原武・企画・原案、黒丸『新クロサギ』は詐欺をテーマとした「戦慄の詐欺サスペンス」漫画である。詐欺師には人(カモ)を騙して金銭を巻き上げる白鷺(シロサギ)、異性(カモ)を餌として心と体を弄ぶ赤鷺(アカサギ)、人を喰わずシロサギやアカサギのみを喰らう黒鷺(クロサギ)がいる。

主人公の青年・黒崎は詐欺被害によって一家心中を起こした家族の唯一の生き残りである。詐欺師を憎む黒崎はクロサギとなって詐欺師を詐欺にはめていく。東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りされた林田力にとって感情移入しやすい内容である(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。

第14巻では震災復興詐欺、秘書詐欺、劇場型詐欺を収録する。中でも東日本大震災に便乗した卑劣な震災復興詐欺はタイムリーである。何であれ詐欺は許せないが、震災復興詐欺には社会の敵とでも言うべき悪質さがある。

現実には福島第一原発事故に便乗した悪質商法が横行している。放射能の危険を煽り、ネット通販などで安物の放射線測定器(ガイガーカウンター)を販売する悪徳業者がいる。国民生活センターは2011年9月8日に「比較的安価な放射線測定器の性能」の調査結果を発表した。環境中の微量の放射線や食品・飲料水等が暫定規制値以下であるかの判定はできないと注意喚起する。また、充電器にPSEマークの表示がなく、プラグの栓刃に穴がないなど電気用品安全法に抵触する恐れのある製品もある。

また、ゼロゼロ物件詐欺や追い出し屋などでフリーターなどの貧困者を食い物にしてきた悪徳不動産業者が東日本大震災をビジネスチャンスとして、被災者・避難者向け賃貸住宅に力を入れている。根拠のない放射能汚染をツイッターなどで拡散し、福島県民らの不安を煽り立てている。ゼロゼロ物件業者が自主避難者に劣悪なゼロゼロ物件に住まわせる問題も起きている。悪質な業者を排除することが正しく放射能を恐れる道である。(林田力)
http://hayariki.net/manga.htm#22
▲page top

『イキガミ 10』選択肢を提示する権力の卑劣

2012年05月03日

間瀬元朗『イキガミ』は国民に生命の価値を再認識させるために「国家繁栄維持法」(国繁)という法制度のある日本に似た「この国」が舞台である。全国民の1000分の1に逝紙(イキガミ)という死亡予告証が届けられ、逝紙が届けられてから24時間後に確実に死ぬ(国繁死)という恐ろしい制度である。松田翔太主演で2008年に映画化された。

『イキガミ』の主人公は逝紙を配達する藤本賢吾である。藤本が逝紙を配達することで、受け取った相手は自分が24時間後に死亡するという辛い現実を突然知ることになる。その現実に直面した本人や家族の葛藤が物語の中心である。逝紙配達後24時間で死亡するという設定は絶対的で、制度を曲げて人情味のある結末にはならない。暗い絶望的な結末が多いが、その圧倒的な絶望感に引き込まれる読者も多い。

24時間後に死亡するという絶望的な状況に置かれた若者の様々な行動をオムニバス的に描いてきた『イキガミ』であったが、ようやく制度に問題意識が向かってきた。イキガミの存在理由が明かされる中で浮かび上がったものは権力の卑劣さである。

人間は少しでも自分にメリットのある選択をしようとする。そこに権力は付け込む。最悪の選択肢と最悪より少しましな選択肢を与えることで、自発的に後者を選択するように仕向ける。与えられた選択肢の中で少しでも良い選択をすることに汲々とするのではなく、選択肢を提示する非合理な制度そのものを疑問視しなければならない。

これは林田力にも思い当たる。林田力は東急リバブル東急不動産から不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りされ、消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、売買代金全額を取り戻した。裁判中には契約の取り消しは難しいから、損害の填補で我慢しろというような圧力を受けたこともある。損害の填補は泣き寝入りよりは、ましである。しかし、東急不動産の問題物件に住み続けなければならない。よりましな選択という枠組みに囚われず、契約の取り消しという根本的な解決を貫いた(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。

『イキガミ』では国繁という欺瞞の体制の行く末は描かない。主人公が語るように結末は逃避である。しかし、国民の大部分が露骨な徴兵には怒りを示しても、与えられた選択肢の欺瞞に気付かず、よりましな選択をしてしまう状況では、逃げるという選択を非難できない。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/621

現代の日本には国繁のような露骨な不合理は存在しない。しかし、体制側が不合理な選択を迫る状況は珍しくない。福島原発事故に対する東京電力の損害賠償案は一例である。雀の涙ほどの賠償金で我慢するか泣き寝入りするかを迫るものだからである。日本の庶民の側にも他の同種被害者よりも少しでも美味しい思いをしようと個別取引に乗っかり、自分よりも悲惨な境遇の人を下方比較することで満足する醜い傾向があることを否めない(林田力「区画整理・再開発反対運動の脆さと方向性(上)」PJニュース2010年8月30日)。
http://hayariki.net/manga.htm#19
主人公はラストで希望を持って目的地を述べたが、そこまでの希望が今の日本に存在するか、読者に難しい問いを突き付ける。(林田力)
▲page top

白竜LEGEND 22巻

2012年04月17日

天王寺大原作、渡辺みちお画『白竜LEGEND』は独立系暴力団・黒須組の若頭・白竜こと白川竜也を主人公とした作品である。話の中心は暴力団のシノギである。稲川会による東京急行電鉄株買占め事件など現実に起きた事件を下敷きにすることが多く、劇画的な意味でのリアリティがある。

第22巻は前巻から引き続き、「野獣空港」編である。単行本では複数のエピソードが収録されることが多いが、この巻では丸々「野獣空港」編である。しかも完結していない。敵はゼネコン、都知事、暴力団、主人公サイドも白竜と下請け建設会社というように複数のアクターが各々の思惑で動いている点が物語を複雑にしている。

「野獣空港」編では大手ゼネコンとヤクザの癒着をあからさまに描く。東急建設が暴力団系企業を下請けに使ったことも明らかになっており、タイムリーなテーマであるが、この巻では一歩踏み込む。建設会社が暴力団と癒着することについて、建設会社側は暴力団からの嫌がらせを避けるためと言い訳することが多い。

実際、東急建設も警視庁組織犯罪対策3課に「暴力団を懐柔しないと暴力団の嫌がらせを受ける」と釈明したという(「暴排通告企業脅す 道仁会系社長を逮捕」産経新聞2011年10月18日)。この種の言い訳によって暴力団と癒着した建設会社は自分達にも被害者的な側面があると自己正当化を図ることができる。

しかし、これは我が身かわいさの言い訳に過ぎない。「野獣空港」編のゼネコンはマスメディアに真実を話そうとする下請け建設会社を黙らせるために暴力団を利用した。暴力団と癒着する建設会社も市民社会の敵である。建設業界と暴力団の癒着の闇の深さを浮き彫りにする。

野獣空港編の面白さは下請け建設会社という弱い立場の存在が主人公サイドのアクターになっていることである。白竜という何事にも動じないチート的な存在が主人公である通常の展開とは異なる魅力がある。下請け建設会社には白竜のような知恵も力もない。普通ならばゼネコンに利用され、泣き寝入りさせられる存在である。

それが白竜に煽られてゼネコンと対決姿勢を示した結果、ゼネコン側の反撃で一層窮地に追い込まれてしまう。白竜に一杯食わされたとぼやきたくなるところである。実際、下請け建設会社社長は、それに近い発言をしている。

しかし、それで終わらないところが、下請け建設会社の偉いところである。泣き寝入りをしたところで、それにゼネコンが恩義を感じることはなく、潰されるだけだと分析する。故にゼネコンとの対決姿勢は正しかったと結論づける。
http://news.livedoor.com/article/detail/6459593/
残念ながら、ここまでの考えに到達できる人は現代日本では少ない。大企業などはアメとムチで消費者や労働者、下請け企業など立場の弱い人々に迫る。アメが本当にアメならば一応は取引として成り立つが、往々にして悪徳企業はアメの期待を持たせるだけで何らのコミットもしない。用が済めば弱者の期待は裏切られる。
http://yaplog.jp/hayariki/

ところが日本では甘い期待から戦うことを放棄し、すりよってしまう愚か者も少なくない(林田力「ネット右翼は東京都青少年健全育成 条例で目を覚ませ」PJニュース2010年12月20日)。下請け建設会社社長のような腹をくくった人が多ければ閉塞感漂う日本社会も、もっとましなものになるだろう。
▲page top

▲page top