忍者ブログ
< 11月 | 12345678910111213141516171819202122232425262728293031 | 01月 >

サンクチュアリ

2018年11月18日

史村翔原作、池上遼一作画『サンクチュアリ』(小学館)はヤクザと政治家が日本を変えようとする劇画である。少年時代にポル・ポト政権下のカンボジアで地獄の体験をした北条彰と浅見千秋を主人公とする。帰国した二人が見た祖国は閉塞感漂う高度経済成長期の日本だった。二人はヤクザと政治家になり、表社会と裏社会の双方から日本を変えていこうとする。二人が周囲の人々を変え、動かしていく展開が清々しい。
ヤクザの世界も政治の世界も上が下を駒とし、下を搾取している。あの手この手で出る杭を打とうとする老害には腹が立つ。それを潰していく主人公達には拍手喝采したくなる。ヤクザの世界は順調に老害を排除し、痛快である。武論尊原作、池上遼一作画『HEAT』のような勢いがある。
これに対して政治の世界は一筋縄ではいかない。敵はしぶとい。浅見は保護行政の転換を唱え、労働市場の外国人労働者への解放を主張する。これは現代でもタイムリーな話題である。逆に言えば21世紀に先送りされた問題である。
トランプ大統領が誕生するなど日本だけでなく、世界でも外国人労働者から国内労働市場を守ろうという動きがあるが、無能公務員体質やパワハラ体質の日本人と働くよりは外国人と働いた方が良い。日本人の雇用を守ることが日本人共通の利益ではないだろう。浅見のような主張も成り立つのではないか。
PR
▲page top

BORUTO-ボルト- -NARUTO NEXT GENERATIONS-

2017年10月28日

岸本斉史・原作、池本幹雄・作画、小太刀右京・脚本『BORUTO-ボルト- -NARUTO NEXT GENERATIONS-』は、『NARUTO―ナルト―』の続編漫画である。ナルトとヒナタの息子のボルトが主人公である。ナルト以外のキャラクターの多くにも子どもがいる。二世漫画である。
ナルトは火影になっている。ナルト自身の少年時代とは比べものにならないほど恵まれているが、ボルトは荒れている。ボルトの不満は理解できるものであるが、ナルトと比べると甘さは否めず、感情移入しにくい。しかも『ナルト』にも木の葉丸がいたために新味に乏しい。所詮は持つ者の悩みであり、持たない者の悩みではない。そもそもナルト自身も結局は親の力と無縁ではない存在であった。何者でもない人の苦しみとは程遠い。
そのような観点で読むと、科学忍具は邪道扱いされているものの、何者でもない人が活躍できる可能性を持った道具である。闘い方は否応なしに変わっていく。その意味で単なる前世代の継承ではなく、文字通りネクストジェネレーションの物語である。
▲page top

『異世界居酒屋「のぶ」』

2017年10月05日

蝉川夏哉原作、ヴァージニア二等兵画、転(キャラクター原案)『異世界居酒屋「のぶ」』は中世ドイツ風の異世界の城塞都市に現代日本風の居酒屋が開業する漫画である。異世界の人々は、海鮮丼のような未経験の料理や冷えたビールなど現代文明の提供する料理に驚嘆する。最近流行の異世界転生物の一種と言えるが、現代から食材や設備・備品を容易に調達できる設定になっている。
未知の現代料理に驚嘆する展開は戦国時代にタイムスリップしたシェフが現代料理の知識を駆使して戦国時代の人々に料理を提供する『信長のシェフ』と共通する。『信長のシェフ』は現代の洋食を提供して戦国時代の人々に驚かせた。これに対して本作品はヨーロッパ風の人々に和食を提供する点で逆『信長のシェフ』である。
但し、『信長のシェフ』では現地の物から料理を作らなければならず、食材調達に苦労しているが、その要素は本作品にはない。その代わり、本作品では異世界の人々が、より直接的に現代料理を味わえるようになっている。
「現代文明すごい」という点では『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』と重なる。ここには現代文明が当たり前の社会で育った世代の価値観が反映されているだろう。現代文明が自然を圧倒することが当たり前になっている。フロンガスの規制でオゾン層が回復しつつあるように環境破壊も文明による制御が求められる。人知では計り知れない自然の逆襲というような発想は、上の世代が持つほど当たり前ではなくなっている。
▲page top

『約束のネバーランド』

2017年09月17日

白井カイウ原作、出水ぽすか画『約束のネバーランド』(ジャンプコミックス)は人間を食べる鬼が支配する世界で食用のために飼われている子ども達が脱獄を目指すファンタジー漫画である。

週刊少年ジャンプ連載の漫画である。週刊少年ジャンプと言えば『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』のようなバトル物が王道という印象があるが、『DEATH NOTE』のような頭脳戦の作品もある。本書も高度な頭脳戦が展開される。これも週刊少年ジャンプの魅力である。

第4巻はノーマンが出荷を宣告されるというピンチから始まる。この巻の出来事は重要である。子ども達には何かを犠牲にして実現するという考え方と、犠牲にせずに実現するという考え方が対立していた。後者は理想的であるが、実現性は低い。真面目に実現性を考えるならば後者を考える必要がある。

ところが、主人公エマは後者しか考えようとしない。その理想主義者ぶりが、うざく感じるほどである。もしエマの思い通りに展開したら、物語が御都合主義になってつまらなくなるだろう。この意味で、この巻の出来事は物語に現実感を持たせた。

その後はエマらしく犠牲を出さない展開になる。しかし、それも最初の犠牲者があってのものである。「あれも、これも」ではなく、「あれか、これか」のシビアさがある。

▲page top

『ONE PIECE 86』

2017年08月11日

尾田栄一郎『ONE PIECE 86』(集英社、2017年)は、いよいよビッグ・マムの茶会(結婚式)が始まる。スイート三将星の最後の一人カタクリが登場する。カッコいい敵キャラクターは久しぶりである。未来が見えるということでチートになると懸念されたが、焦るところでは焦っている現実的な存在である。口元が常に隠れている点が気になる。シリアスなイケメンキャラに見えるが、実は口裂け男というギャグがあるかもしれない。

ビッグ・マム(シャーロット・リンリン)は情緒不安定である。永続的な領土を持ち、海賊団というよりも国と呼べる体制を持っているが、ルフィ達が関わらなくても放っておけば自滅するのではないか。

四皇のうち、白ひげとシャンクスは人格者であるが、ビッグ・マムとカイドウは人格に問題がある。四皇として同列に並べられるか。自分の感情から自由になっていないのに海の皇帝のような存在と言えるのか。完成された悪のボスと言えばクロコダイルを超える存在は出ていないと感じる。

この巻ではジンベエが魅せる。海侠の通り名にふさわしく、筋を通した。ビッグ・マムのような存在に筋を通す必要があるかとの疑問はあるが、白ひげ亡き後の魚人島の後ろ楯になったという義理はある。四皇が登場して以来、王下七武海は小物感が出ていたが、王下七武海の価値を押し戻すことに貢献した。
http://www.hayariki.net/onepi.html

▲page top

▲page top